IoT,AI,SDGs

SDGs

SDGs(Sustainable Development Goals)が国連で採択された背景として、人類の活動と地球環境に関する関係性が根本から変化したとの認識があります. 人類が経済活動を行った結果を、地球環境が吸収しきれなくなっていることは、人類の側からみると、自然環境が開放系から閉鎖系に変わったことを意味します. すなわち、今後は、自分たちの行動の結果が、環境を経由して、自分たちに舞い戻ってくることを常に意識しなければならなくなりました. これは、科学的に客観性を持った事実であり、看過できなくなったと認識された結果の一つが、SDGsに集約されています.

もちろんその解を見つけるべく努力することが重要ですが、それと同時に、ビジネスの観点から見ると、競争のルールが変わったことを強く認識する必要があります. ルールが変わることは、捉え方によっては、大きなチャンスでもあります. 重要なことは、ルールが変わったことを早期に認識し、先手を打つ行動がとれるかどうかにあります. 後ろ向きに捉えていると、チャンスを逸するだけでなく、”経済活動の持続可能性”が失われてしまいます.

我が国の現状は、多くの問題が山積しており、憂慮すべきものではありますが、一方において、前向きに捉えるといろいろな可能性が見えてきます. 人類の活動環境が閉鎖系になったことは、たとえてみれば、全世界が江戸社会になったことに相当します. 我々の先祖は、閉鎖環境で生抜いたばかりでなく、後に世界に影響を与えることになる、きわめて高い水準の文化を開花させました. また、現在、世界に先駆けて進行する少子化は、成長を前提とした経済の見直しを迫っています. これは、SDGsが解決の目標としているものそのものであると言えます. もしSDGsが意味するところを正しく理解した上で、その達成策を編み出すことができれば、全人類に対する大きな寄与となるでしょう.

これは、とらえかたによっては、従来どおりのビジネスルールでの競争に勝つ方法を考えるよりも、はるかに興味深く、かつ、大きな成果が期待できる活動ではないでしょうか?

iot+AIとSDGs

SDGsの諸課題を解決するための、もっとも重要な技術はIoTとAIであると考えられます. IoT技術は、センサとそのデータ分析を対象として始まりましたが、現在では、モノを動かす、制御技術にも対象が広がっています. 環境から情報を取得し、環境に働きかける技術を磨くことにより、多くのイノベーションが期待できます. たとえば、以下のような分野で大きな変革が始まっています.

  • 医療の革命

    現代の医療は、もともと、高度、かつ、多数の、生体機能検査機構に依存して成立しています. IoT技術は、これをさらに普及させ、病院等の特別な場所だけのものから、日常生活で利用できるものに進化させることを可能にします. たとえば、コロナ禍での患者の自宅待機は大きな社会問題となりましたが、患者の生体基礎情報を計測するセンサをスマホと連携させれば、自宅にいても患者の状況を常時監視する体制を構築できます. このような医療体制は、他の疾病に関しても、大きな効果があるものと考えられます. 医療センサをネットワークで連携させれば、患者の常時ケアが可能になり、危険の早期発見や、QoLの向上に大きな効果があることが期待されます.

    当然ながら、このようにして収集したデータの分析には、AIが使用されます. IoTとAIは、不可分の関係にあります.

  • 健康維持の革命

    IoTの、重要な適用分野は、ヒトが病気にならないようにすることです. これは、医療費を削減するための喫緊の課題でもあります. 人生100年時代を迎えて、病気にならない機構の実現は、きわめて重要な意味を持つと考えられ、医療への投資から予防への投資への転換が急速に進んでいます. ここでもセンサのネットワークは大きな効果があることが期待されます.

  • 物流の革命

    運輸機器の自動運転技術は、乗用車に限らず、広い分野で社会に影響を与えることが予想されます. たとえば、物流をend to endで全自動化することができれば、物流コストは大幅に削減できます. そこでは、運転の自動化ばかりでなく、複数の運搬手段を用いるための積み荷の乗せ換えの自動化、物流のlast one mile問題、機器と道路状況を含めた運輸全体のスケジューリング等、多くの課題が存在しており、克服のための努力が行われています.

    物流の全自動化は、単なるコスト削減に限らない可能性も秘めています. たとえば、段ボールを使わず、繰り返し利用可能なコンテナに直接収納し、その回収も自動化することにより、物流にともなう資源消費を極限まで削減することが可能になります. このように、循環経済を実現しようとすれば、商品の提供側ばかりでなく、不用品の回収コストを削減することを真剣に考える必要があります. 物流コストの削減は、その中核的部分を占めています.

    物流コストの低下は、さらに、ライフスタイルの変化をもたらします. たとえば、利便性の高い都心部により集中して居住するとともに、それ以外の場所で自然と共存した生活を送ることを両立させることが可能になります. 都市部の高集約住居は環境負荷の軽減にも有効ですが、それだけではあまり幸福な生活とは言えません. 自然環境に負荷をかけることなく自然と共存するためには、都市部に立脚した生活を送ると同時に、気軽に自然のある場所まで移動して短期間滞在し、不用品を持ち帰るライフスタイルがベストではないでしょうか?

  • 工場生産の革命

    工場でのロボット利用等、IoTの利用による効率改善は枚挙にいとまがありません. 工場の全自動化が粛々と進行しています. Industry 4.0で言っているのは、このような生産現場の自動化ばかりでなく、IoTによる、生産現場と市場の直結です. 市場のニーズをリアルタイムで把握し、それに生産を適合させてゆく体制が極限まで高度化され、”すべての製品が個々のユーザに合わせた特注品”となることが目標となっています. このように、Industry 4.0は、ビジネスからの観点が主軸となっています.

    これに、SDGsの要素を加えると、市場のニーズだけでなく、生産における環境負荷も考慮においた全自動生産体制が構築されるようになってゆくことは、想像に難くありません. また、生産の自動化は、少子化による人手不足に対するほぼ唯一の解でもあります.

  • 農業の革命

    農業分野でも、IoTの活用が急速に進行しています。たとえば、ドローンによる圃場状態計測が典型例になります. また、耕作支援ロボットも多数作られるようになっており、Industry 4.0の考え方は、農業にも適用されるようになっています.

これ以外にも、メタバース等のエンターティンメントへの適用、小売業の全自動化、橋梁、道路等の社会インフラ維持のコスト軽減等、検討されている応用分野は、無限とも言える広がりを見せています.

エネルギーとSDGs

SDGsの重要な目標の一つとして、エネルギーシステムの転換があげられています. 脱炭素化を推進するためには、エネルギーシステムを、

  • エネルギー生成
  • エネルギーの蓄積と配分

の2つに分けて考える必要があります. 風力、太陽光等の、いわゆる再生可能エネルギーは、エネルギー生成の場所が分散しているとともに、一定した出力が期待できません. したがって、生成されたエネルギーを蓄積し、配分する別の機構が不可欠になります. この観点から、水素の利用が注目を浴びているわけです.

このような、分散したエネルギー源を、有効に活用するためにも、IoTが重要な役割を果たします. 複雑な分散系となったエネルギーシステム全体の制御、管理も重要ですが、エネルギーの生成と消費をよりコンパクトに組み合わせる技術の重要性も増すことが予想されます. たとえば、家庭での太陽光発電の出力は、売電するより、EVに充電する形式でそのまま消費してしまう方が効率的です. このような、高度に分散されたエネルギーシステムを構築するためには、IoTは不可欠の技術であると言えます.

全体を通じて、IoTは、従来、大規模に集約されていた生産やサービス機構を分散し、”高エントロピー社会"を構築するための機構であるとも言うことができます.

消費スタイル

循環経済のもとでは、消費の在り方も大きく変わっることが予想されます. 主なものは、

  • シェアリングエコノミの進展
    商品ばかりでなく、居住空間、移動手段、スキル等を、占有するのではなく共有することにより、必要なときだけ低コストで利用するやり方が、急速に浸透してきています.
  • コト消費の進展
    消費が、モノの所有ではなく、体験、経験に価値を見出す形に変化しつつあります.

このような変化は、当然、IoTと深く関連しています. シェアリングエコノミのさらなる発展は、物流コストの低下を必要としていますし、共有される商品をIoTを用いて管理することも広く行われるようになっています. また、消費者に安価にいろいろな体験を提供するには、IoT技術が不可欠です. VRのような純粋な仮想環境もそうですが、インターネットに接続された玩具やアバターロボットを通じた、実環境における共通体験のような形態が今後さらに増えてくることが予想されます.

このような消費形態の変化は、ヒトが閉鎖生態系に生きるようになったことと深く関係していることは、明らかです. 物質の消費に価値を見出すのではなく、その消費を最小限に抑えたうえで、別の価値の模索が行われているとみなすことができます. ところで、江戸社会では、シェアリングエコノミも、コト消費も当たり前のことだったのではないでしょうか? たとえば、浮世絵も、歌舞伎を経由した一種のコト消費と見なすことができます. また、長屋生活は、究極のシェアリングエコノミです. 江戸文化のIoT化は、興味深いテーマではないでしょうか?

ITインフラとIoT

ここで、IoTとAIを支えるITの変遷を時代別について見てみます.

  • メインフレームの時代
    IBM system/360は、1964年に発表されました. メインフレーム時代の幕開けです. もちろん当時のハードウェア技術は、現代の目から見ると高度なものではありませんが、ビジネスモデルとしては画期的なものでした. ハードは売るのではなくレンタルとし、計算能力に単価を付けて販売することに重点がおかれました. これは、むしろ、現代のクラウドビジネスの発想に近いものです. これによって、IBMは、世界のITビジネスの大半を掌握する巨人に成長します.
  • ダウンサイジングの時代
    1970年代から続く半導体技術の発展により、多くの人がハードウェアを開発できるようになってきました. これを利用して、いわゆるダウンサイジングがおきます. ここでは、ICTのビジネス、技術生態系に重大な変化が2つおきています.
    その一つは、ベンチャービジネスの出現です. 巨人BMに勝利したのは、別の大企業ではなく、数人ではじまった小さな企業でした. それを可能にしたIT技術の拡散は、IBMによる最初の事業によって、部品製造企業の成長と、高度エンジニアの育成が図られたことに起因します. ベンチャーでもビジネス参入が可能であることが証明されると、競争に参加する者の数が飛躍的に増加し、結果として新しい可能性の探求が進みました.
    ダウンサイジングの時代におきた、今一つの重要な動きは、オープンソース活動の高まりです. オープンソースは、社会貢献の側面もありますが、サービス提供企業による”互助会”の要素もあります. すなわち、競争に直接関係のない、たとえば、基盤ソフトの部分は、各社が個別に作るのをやめて、共同して開発することにより、無駄なコストや人材の浪費を防いだ面があります. たとえば、GAFAは、これを最大限に活用しています. オープンソースは、ソフトウェアのコストを下げただけでなく、研究開発により多くの人々が参加することを可能にし、技術革新における多様性を増加させました. これは、後の、オープンイノベーションにもつながってゆく変化です. 逆に、大企業の巨大な中央研究所は有効に機能しなくなり、衰退することが多くなりました.
  • PCの出現
    ダウンサイジングの進行に並行した、個人用コンピュータ、すなわち、PCの出現は、重要な出来事です. ダウンサイジングは、あくまでメインフレームの市場の一部を置き換えることが主目的でしたが、PCは、まったく新しい市場を開拓しました. 1970年代後半に始まる”奇跡の時代”に、マイクロプロセッサ、個人が占有するコンピュータの概念、グラフィックディスプレイとマウスからなるGUI、LANとインターネット、UNIX、オブジェクト指向言語、レーザービームプリンタとDTP、分散処理等の技術が一気に開発されます. メインフレームの技術と合わせて、その後の技術の基盤がつくられた時代と言えます.
    また、ビジネスモデルの点でも、ダウンサイジングを超える大きな変革がありました. たとえば、1980年代初頭に開発されたIBM PCが、皮肉な形でそれを物語っています.
  • インターネットの時代
    1990年代から、インターネットが爆発的に普及し始めました. これは、PCの出現と深く関連しています. 言うまでもなく、インターネットは、社会に対して大きなインパクトを与えています.
    ビジネスの面から見ると、インターネットによってサービスビジネスの可能性が飛躍的に高まり、多様なビジネスモデルが出現しました. たとえば、Googleが検索機能を無料で提供した理由は、当初あまり理解されませんでしたが、現代では、インターネットがテレビを凌ぐ広告媒体になっています. すなわち、何らかの無料サービスで利用者の注目を集め、その場を広告媒体として活用する方法が出現したのです.
    この時代に、メインフレームの雄であったIBMは危機に陥ります. これは、ITのビジネスモデルが完全に切り替わったことを意味します. 一方、IBMは、ハードウェアベンダから、ソルーションベンダに変身することにより、危機を乗り切ります. これは、多くのコンピュータベンダのモデルにもなった、ITビジネスの今一つの側面です.
  • スマホの時代
    iPhoneが発売され、Androidがアナウンスされた2007年は、スマホ元年と言うことができます. GoogleがスマホソフトのベンチャーであったAndroid社を買収したのは、Googleのインターネットサービスをユーザに供給する、より強力なチャネルを手に入れるためでした. 言ってみれば、クラウドという”サービスの貯水池"、インターネットという"サービスの配水管”に接続される、より魅力的な”蛇口”を確保したことになります. スマホは、PCに比べてより長時間ユーザの近くにあり、より広い層が利用するインターネット端末だったからです. このようなビジネス戦略は、残念ながら、当時の日本ではほとんど理解されることがありませんでした.

このような歴史的経緯を経たのちに、IoTの時代がやって来ようとしています. スマホの時代に明らかになったのは、技術の発展を活用し、新たな"サービスの蛇口”を確保することの重要性です. スマホが究極、最終のサービス提供媒体でないことは明らかで、技術の発展とともに、今後もより魅力的な媒体が出現してゆくことは、当然予想される事態です. たとえば、Appleが乗用車を開発しようとしているのは、このような理由によります.

このようなコンテクストでIoTを見てみると、これへの期待の一面が見えてきます. IoTは、新たな"サービスの蛇口”なのです. したがって、そこに向けて多くの技術投資もなされ、激烈な競争がなされているのが現状です.

IoTに関連したシステム技術

IoTの利用分野が広まるにつれて、その実現技術も飛躍的な進歩を見せています. 主要なものをあげてみます.

  • エッジコンピューティング用アーキテクチャの高度化

    従来、組み込みと呼ばれていた分野に、高度な技術が次々と投入されています. CPUベンダ各社が、GPU向きSIMD、VLIW等を用いた専用プロセッサを開発しています. また、FPGAの高度化も目を見張るものがあり、専用の制御回路を作りこむことが可能になっています. これと組み合わせる形式で、たとえば、RISC-V CPUアーキテクチャの利用が急速に広まっています. 従来の汎用アーキテクチャによる制御ボードでは容易でなかった、画像処理や機械学習の実現が簡単にできるようになっています. また、各社から、このようなハードウェアに向いた、RTOSが供給されるようになっています.

  • コンテナ技術のIoTへの適用
    クラウド上でのサーバアプリケーションの管理を容易化する目的から、dockerを始めとするコンテナの活用が広まっています. これは、画像処理、AI、制御等のアルゴリズムに関するソフトウェアIPを配布する方法としても適しています. これに注目し、たとえば、自動車用のシステムをコンテナ化する試みが始まっています. また、米国国防省は、戦闘機のソフトウェアをコンテナ化することも検討しているそうです. これによって、IoTのソフトウェアビジネスの形態も、大きく変わる可能性があります.
    AIには、多様な深層学習の方式があるとともに、多様な学習データを必要としており、これらを販売することは新たな技術ビジネスとなりえます. これらを効率的に流通させるために、コンテナ技術は重要な意味を持ちます. これを用いることで、AIによって実現された機能単位を、機械や半導体部品と同じように部品として流通させることが可能になるのです.

IoTの技術のベースはインターネットとクラウドにあり、新たに加わったのがエッジ技術です. したがって、エッジ技術の差異が競争を左右する可能性があり、盛んな技術開発が行われている所以です.

ビジネスインパクト

IoT+AIとSDGsの間の関係に関するビジネス上の興味は、きわめて単純です. だれが、この分野のプラットフォーマーになるかです. 医療、生産、エネルギー等、文明の方向性を決定づけるほどのインパクトのある要素が含まれていますから、その主導権を握ることは、最高の重要性を持つと考える必要があります. 少なくとも、欧米諸国は、そのような認識を持っていることは間違いありません. 一旦プラットフォームを押さえれば、その影響は長く続きます.

欧米諸国の、プラットフォーマー志向の根底に流れるのは、「福音を広めよ」の一言に尽きます. 何かいいことを考えだしたら、それをそのままにせず、世界中に広めようとする強い意志が存在します. 我々は、SDGsに限らず、西欧文化全般にわたって、そのような性質があることを理解しておく必要があると思います. もちろん、その中には、いらぬおせっかいも多く、善意だけで割り切れるものではありませんが、皆にとってよいと考えたことを世界に広めてゆく過程で、必然的にプラットフォームが作り上げられてゆく手法は、学ぶべきものがあります. 企業のミッションステートメントがまさにそれです. たとえば、Googleのミッションステートメントを読んで、その意味するところを深く考えてみるのは、非常によい練習になるのではないでしょうか.

残念なことに、我が国からは、なかなかプラットフォーマーが出現しません. 過去、産業に勢いがあったときに、一つでもプラットフォームを押さえておくとこができたならと考えると、残念なことです. しかしながら、たとえプラットフォーマーになることができなくても、その構図を正しく予測することは、関係するすべてのビジネス戦略の立案において不可欠な要素です. 新エネルギー基盤、医療、健康サービスの基盤、物流をはじめとするモビリティサービス基盤、農業ビジネス基盤等、世界規模での戦略的な競争が行われており、その動向を正しく予測する必要があります.

このとき、プラットフォーマーの動向を予測するためには、自らがプラットフォーマーとなったと想定しながら思考することが一番有効です. たとえ遠い夢であったとしても、一緒に、プラットフォーマになるための思考を積み重ねてゆこうではありませんか.